本郷三丁目駅近くの内科
漢方・免疫たかはし内科クリニック
〒113-0033
東京都文京区本郷4-1-1
玉屋ビル8階

03-3816-3318

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漢方・免疫たかはし内科クリニック

日本東洋医学会の指導施設として委嘱されました。

日本東洋医学会指導医
医院名
漢方・免疫たかはし内科クリニック
院長
高橋 秀実
住所
〒113-0033
東京都文京区本郷4-1-1
玉屋ビル8階
診療科目
内科
電話番号
03-3816-3318

対談

免疫学・東洋医学および丸山ワクチンに関する研究で傑出された業績を出されている日本医科大学微生物学・免疫学教室主任教授の高橋秀実先生と救命救急の最前線で我が国における救命救急医学の第一人者として活躍されている日本医科大学 救命救急講座主任教授の横田裕行先生。

学生時代からお互いをよく知る同級生ながら、医者として別々の道に進んだお二人に、若き日の思い出や医者としての共通の思いを語っていただきました。

※日本医科大学の機関誌「同級生対談」に過去に掲載された内容です。
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学生時代のお互いの印象

高橋先生
横田先生とは、学生時代から同じ軟式テニスクラブに所属していましたし、長い付き合いですが、こういうのは少し恥ずかしい感じがしますね。

横田先生
同級生の中でもお互い気心が知れている方なので、今回の対談のお話をいただいた時、相手は高橋先生だろうなと思っていました(笑)高橋先生の印象は、学生の頃から優秀でクラスのリーダー的存在でした。でもそれを誇示するようなことがなく、誰にでも分け隔てなく接する方だなと思っていました。現在の大学院教授としての姿勢に繋がるものがあるなと思っています。

高橋先生
ありがとうございます。横田先生は学生時代からまじめな努力家で、温厚だけど強い責任感で進んでいく、しっかりと自分をもった方だなと思っていました。日本医科大学の理念で「克己殉公」という言葉がありますが、まさにそれにぴったりの方という印象でした。

横田先生
そんなに褒めていただくと話しづらいのですが(笑)
一緒に活動したクラブも思い出深いですね。当時熱中症なんて認識がなかった時代だったから、暑い中、朝6時から日が暮れるまで水も飲まずに練習して。もちろん隠れて飲んでましたけど(笑)。でも、あの時の体力的なつらさっていうのは、その後の励みになりましたね。

それぞれの道へ

高橋先生
医者になり、同じ消化器内科(当時の第三内科)に入ろうと思っておりましたが、横田先生が来なかったんですよ。

横田先生
行かなかったのではなく、行けなかったんですよ(笑)。臨床も研究もやりたくて大学院進学を希望していたのですが、入局を考えていた当時の第三内科では大学院に行く選択肢はないと言われてしまいました。そんな時、救命救急センターで小林士郎先生(現、千葉北総病院脳神経外科教授)が大活躍している姿に憧れて、さらに大学院進学も出来るということで脳神経外科に入局しました。

高橋先生
それで横田先生は脳神経外科に行って、僕はそのまま第三内科へ。

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横田先生
でも高橋先生は、結局第三内科で大学院に行きましたよね(笑)。

高橋先生
人生って不思議ですよね(笑)。当時第三内科の主任教授であった常岡健二先生という方は、本当に患者さんを診ることを第一にしておられて、「研究なんかしなくていいんだ」とおっしゃりつつも、非常に人間思いの研究心があった方でした。僕自身もそれで、「研究はいらない、患者さんを診るために第三内科を選んだんだから」と思っていたのですが、常岡先生が学長選に出られることになり、当時医局長であった太田安英先生より、「好きな大学院へ行って勉強して来るように」とのお話しがあり、尊敬する先輩である服部愼先生から、「丸山ワクチンに興味があるなら免疫を学んできたら」という一言で大学院に行くことになりました。

医者としてのそれぞれのターニングポイント

漢方・免疫たかはし内科クリニック

高橋先生
博士号を取得後、微生物学免疫学教室と内視鏡センターで臨床と研究に励んでいたところ、当時免疫分野で世界でもトップを走っていたアメリカの国立癌研究所に留学の話しが来て。そこから医師人生が大きく変わりましたね。

横田先生
高橋先生の論文が世界で最も権威のある学術誌「ネイチャー」や「サイエンス」に掲載されたという話を、同級生同士で話題にしたことを覚えていますよ。同級生として誇らしかったですね。

高橋先生
ありがとうございます。留学前はまさか自分がHIVの研究をするとは思っていませんでした(笑)甘えは絶対に許されない雰囲気の中、ストイックに研究に打ち込んで。それが今の自分の生き方に影響を与えています。帰国後も、一生懸命やっていたらそれまで見えなかった世界が少し見え、真理の奥深さを強く感じた次第です。

横田先生
ちょうどお互い 30 代後半くらいの頃でしたね。その頃、私は現在の付属病院救命救急センターで、ものすごく忙しくて時に落ち込んだこともありました。でも、顔を合わせるとお互いギリギリのところで踏ん張っているのが分かって、励みになったのを思い出します。医者としてのターニングポイントは、千葉北総病院に行った時なのかなと思います。それまでは患者さんに良くなってもらうことと、自分の知識や技術を高めることばかり考えていたのですが、千葉北総病院初代院長の山本保博先生が、私を救急部長として引っ張ってくれました。そこで部長として働くことで、患者さんのためのチーム医療の重要性、すなわち医療スタッフ全体、病院全体が連携・機能することの重要性に気づきました。

豊富な経験によって感じた共通の思い

高橋先生
この歳になって、病気は「治る」のか「治す」のかということを考える様になりました。医者として「治す」という意識はもちろん強く持っているのですが、ここまで経験して勉強してきた結果、患者さんの「治る」手伝いを我々はしているんだと思うようになりました。

横田先生
僕も救命救急センターで治療して、元気になって退院していく患者さんのことを思うと、やはり我々が治したのではなく、患者さん自身やご家族の「治りたい」「治したい」という想いが重症な状態を克服するのだろうということを感じます。

高橋先生
「人間がどうして病気になるのか?どうやって治っているのか?」ということを研究する学問である免疫学が専門の僕が感じるだけでなく、命に一番近いところにいる救急の横田先生も同じように感じているのは面白いですね。我々はサポーターであり、患者さんは自分で治っていく。患者さん達の自己治癒力を肌で感じますよね。

横田先生
医療者は、そういう患者さんの想いを支援する、お手伝いするというのが、どんなに医学が進歩しようとも持つべき考え方なんだと思います。

高橋先生
そうして治ることが出来た患者さんに「先生に会えて良かった」っていってもらえるのが一番嬉しいですね。

横田先生
そうですね。他の施設なら恐らく助からなかったという患者さんが、何回も危険な状態を乗り越えて元気に退院して外来で入院中の経過を話したり、聞いたりしていると、お役に立てて良かったなと思いますね。

高橋先生
医者を育てるのは患者さんの言葉なんですよね。患者さんと共に我々も成長しようと思っているし、患者さんには「医者を育てるのは自分達だ」と思っていただいて。これからの若い医療者にも患者さんと一緒に病気を良くしていくんだという姿勢を大切にしていって欲しいなと思いますね。

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